忙しい朝は、なるべくご飯にも時間をかけたくないのが本心。とはいえ、適当に済ませるとテンションが上がらない……。そんなモヤモヤを解消してくれるのが、ビジュアル豊かで失敗知らずの「アレンジトースト」。
今回その魅力を語ってくれるのは、さまざまなメディアで食のコンテンツを手がけるフードディレクターの山口繭子さん。実は毎朝ごちそうトーストを1枚手づくりすることこそが、1日をハッピーに過ごすためのもっとも簡単な方法だと話します。カロリーが高くたって関係なし。寝ぼけ眼をこすりながらでもつくれる、美しくて体も心も満足できるトーストの世界へといざないます。
- Instagramから始まった、私とトーストとの出合い
- がんばらなくていい、こだわらなくていい。それこそが、続けられるひけつ
- 見た目も味も、センスが光るレシピの数々
- 私を幸せにしてくれる朝のごちそう
Instagramから始まった、私とトーストとの出合い
山口さんがトーストづくりに目覚めたきっかけはInstagram。グルメ雑誌の編集者として働いていた2015年頃、Instagramブームが到来。「編集部でインスタ関連の仕事が徐々に増えてきたこともあり、私も仕組みを知っておかなくてはと思い、始めました」
せっかくInstagramに写真をアップするのなら、写真映えするもので、かつ今の仕事のセンスが生かせるものがいいと考えた山口さん。「毎日オシャレなレストランに行くわけでもないし、おうちでの晩酌の様子を撮っても映えない。でも、朝食なら自然な光で無理なく良い写真が撮れるかも!と思ったんです」
パンの街として知られる神戸出身の彼女にとって、朝食は昔から決まってパン。「私はロングスリーパーで1分でも長く寝ていたいタイプ。和定食みたいなきちんとした朝食を毎日つくるなんて絶対に続けられない!」。そこで彼女が思いついたのが「トースト」だったそう。
仕事柄、世界中の新しい食文化にふれる機会が多かった山口さん。そこで得たセンスや食材の知識を存分に生かせると気づきつくり始めたのが、見た目も味もごちそうな「アレンジトースト」でした。
パンをキャンバスに見立て、まるで絵画を描くような自由な発想で、大胆に食材を重ねていくアレンジトーストの世界。これまで見たことがないような、美しくかつ食欲をかき立てるアートなビジュアルはたちまちInstagramで注目を浴び、フォロワーも瞬く間に増加。「これをきっかけに、本の出版やテレビへの出演など予想もしていなかった体験をたくさんできて人生が変わりました。トーストには非常に感謝しています」
がんばらなくていい、こだわらなくていい。それこそが、続けられるひけつ
芸術的なビジュアルから、一見手間がかかっているように感じるアレンジトースト。けれど実は、「パンに食材をのっけるだけ」といういたってシンプルなつくり方が基本となっています。出版社の編集部に勤めていた頃は毎日が激務だったといいますが、それでもトースト生活を続けられた理由は、やっぱりその簡単さにあるようです。
「料理がさほど得意ではない私にとって、時間がない朝に高度なスキルなしでも手づくりできる、というのは大きな利点でした」。今やコンビニで売っている食パンですら、クオリティが高くておいしいのが当たり前。そんな優秀な土台(パン)のおかげで、今までに400種類ほどのアレンジトーストをつくってきた山口さんも、失敗してまずくて食べられなかったという経験は一度もないのだとか。
「昼や夜は仕事で思うように食事内容がコントロールできない中、唯一自分で自分の“ご機嫌取り”がかなうのが朝。だから朝食って何より肝心だと思うんです」。1日の好調なスタートを切るために、簡単につくれて、おいしく美しく仕上がるトーストは、まさに理想の朝食だといえそうです。
では、がんばらずして、いかに自分を喜ばせられるごちそうトーストがつくれるのか……!? 山口さんがふだん意識している、見た目と味について伺いました。
まず、ビジュアル面。これは意外にも「きれいに仕上げることを意識しない」ことがポイントだといいます。「きれいに仕上げるよりも、熱々のうちに自分の口に入れることを優先しています」。例えば、食材がパンからはみ出さないようにていねいにつくるのはかなり時間がかかるので、最初から思い切って“はみ出てもいいや精神”でつくることが大事とか。「はみ出たところを最後にぱぱっと切り落としてしまうことで、食パンのサイズにぴったりと収まった美しいビジュアルに仕上がるんですよ」
次に、味と食材について。山口さんの鉄則は、なんと「朝だからカロリーには目をつぶる」ことだとか。「夜は砂糖や油を控えたりと体に気を使っているのですが、そんな私も朝はお構いなし! バターも砂糖も生クリームもどんどん使う。1日のテンションを上げるためのエネルギーだと割り切って、あまりカロリーを意識しないようにしています」
そして、もうひとつ。目新しいものや珍しい食材・調味料をあえて取り入れることで、味のマンネリ化もなく、トーストアレンジがより楽しめるとのこと。身近なところでいえば「スパイス」がそれに当てはまります。「数回しか使わずに棚に眠っているスパイスやドライハーブはありませんか? 例えば、クミンやパプリカパウダー、クローブ、バジル、オレガノなどは、卵やチーズがのったトーストにさっとふりかけるだけで、驚くほどおいしくなるのでぜひ試してみてください」
見た目も味も、センスが光るレシピの数々
山口さんのトーストはアートな見た目もさることながら、食材の組み合わせも秀逸。国内外の料理メディアや、話題のガストロノミーからも大きな影響を受けているので、バルサミコ酢×ヨーグルト、ようかん×オレンジマーマレードなど、普通ではなかなか思い浮かばないような前衛的な組み合わせが次々と飛び出します。
彼女の手にかかれば、スーパーで手に入るような身近な食材だって、組み合わせ次第で立派なごちそうトーストに変身! それでは実際に、山口さんおすすめの2つのアレンジトーストの簡単レシピを教えていただきましょう。
1品目は「アーティスト気分で楽しむ、練りゴママーブルトースト」。トーストしたパンに練りゴマをまんべんなく塗ったら黒蜜を回しかけ、お箸の先で引っかいてマーブル模様をつくります。「マーブル模様は誰がやっても天才的にきれいに描けるので、アレンジトースト初心者でも心配はいりません」。そして最後に、生クリームと砕いたクッキーをトーストからこぼれるようにトッピングすれば、よりアートな雰囲気に仕上がります。
2品目は、スティック状のパンを半熟卵につけて食べるイギリスの伝統料理「エッグ&ソルジャーズ」から着想を得た「チーズ&ソルジャーズのスティックトースト」。まず、卵ではなく数種類のフレッシュチーズをミックスしてディップクリームをつくります。そして食パンにバターをたっぷり塗ってクミンをふりかけ、縦4等分にカットしたら、こんがりするまでトースト。仕上げに生ハムを巻いて、チーズディップをつけながらご賞味あれ。「今回はクリームチーズとマスカルポーネチーズでディップをつくりましたが、リコッタチーズやブッラータチーズなど、自由に味を変えて楽しんでみてください」
私を幸せにしてくれる朝のごちそう
トーストづくりの最大の楽しみを伺うと、「朝つくっているときはいつも寝ぼけた状態なので、実はあんまり意識はしてなくって。でも10分足らずでつくったトーストをぱくっとひと口食べて、あ、この組み合わせ当たった!みたいな、そういう瞬間がすごくうれしいですね」
肩肘張らずに続けられるのがごちそうトーストの魅力であり、自分で自分を幸せにできる身近な存在だと教えてくれた山口さん。「誰にだってしんどいときや憂鬱(ゆううつ)な日って必ずあるでしょう? でも、朝は必ず毎日やって来る。だから日常に定期的な楽しみや喜びを取り入れるのって、とても効果的です。すごく素敵なワンピースをがんばって買うより、ちょっとだけいい食材、あるいはいいトースターを1台買って毎日の朝ご飯を充実させた方が、きっと生活の質はぐんと上がるはずですよ」
山口さん流“がんばりすぎない”ごちそうトーストで、朝から自分を目いっぱい幸せにしてあげましょう。
Profile
山口繭子(やまぐち まゆこ)
食のディレクター『婦人画報』『ELLE gourmet』(ともにハースト婦人画報社)の編集部を経て独立。自身のInstagramに投稿していたトースト写真が話題になったことで2020年11月に、書籍『世界一かんたんに人を幸せにする食べ物、それはトースト』(サンマーク出版)を出版。現在は「株式会社フードコンテンツ」の代表として、食とライフスタイルをテーマにメディアやイベント、新規店舗案件などで活動する。
取材・文/田中朝子(Roaster) 撮影/藤井由依(Roaster)
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