おうち時間が増えた今、家で動植物に癒やされたいと思う人が増えているといいます。
そこで今回は、観賞だけでなく、収穫して食べる楽しみもある家庭菜園に注目。NHKの番組「趣味の園芸」などで講師を務める園芸研究家の杉井志織さんに家庭菜園の楽しみ方を伺いました。あわせて、“プロに聞く失敗しない育て方”をご紹介!と言いたいところですが、杉井さんの家庭菜園論からは、予想の上をいく新しいアイデアが見えてきて……。
- 一筋縄ではいかない“わからなさ”が魅力
- 合わなかったらやめる、くらいのかんばらないスタンスで
- おいしくて、いい香り! ハーブ菜園のすすめ
- 植物と良い関係を築くために、心の余裕をもつ
一筋縄ではいかない“わからなさ”が魅力
「学校の宿題で出る朝顔の栽培が面倒だった」と言うほど、子どもの頃は植物が好きではなかった杉井さん。この仕事に就いたきっかけは「成り行きです」と言い切る彼女ですが、植物と関わる仕事を続けている訳は「植物がよくわからない相手だから」なんだとか。
「一緒にいて心地が良いからではなくて、植物の、ついつい調べたくなる“わからなさ”がおもしろいんです。なぜこういう形をしているの?どうしてこんなところに花粉があるの?っていう疑問がたくさん湧いてきて、その答えがわかるようになるのがとても楽しい」
「得体の知れない人を遠目で観察するような」独特の感覚で植物と向き合っている杉井さんは、まるで人間の子どもについて語るかのように植物の話をします。
「しゃべることはできないのに、姿かたちで極端な“水をくれアピール”するでしょ。彼らは頭がとてもいいから人間をうまく使っているんです。興味はあるから付き合っているけど、本当だったらあまり同居はしたくない(笑)」
あくまでビジネスとして関わっているという話にも聞こえますが、そうではなく、植物を人と対等の存在として捉えているからこそ、その関係の煩わしさと正解のなさをおもしろがっている杉井さん。家庭菜園をすることで、一方的に癒やされようとしていた人間本位の考え方自体が、間違っていたことに気づかされます。
「ただお水をあげておけばいい、って相手の気持ちを考えずに一方的にお世話をしているうちは、植物は上手に育たないと思います。そうじゃなくて、今日あなたはお水がほしいの?って相手の様子をうかがいながら、必要があれば手を差し伸べる。“お世話をする”ではなく“育てる”という感覚が、うまく付き合うコツです」
合わなかったらやめる、くらいのがんばらないスタンスで
植物のおもしろさは“わからないところ”だと言う杉井さんですが、家庭菜園に絞っていえば「決まったプロセスを踏むと成果が見える」良さがあるそう。「結果はひとつではないけれど、食べるという目的がある野菜や果物は、育て方におおよそのマニュアルがあり、それに沿っていれば、ある程度結果が出ます」
ただし、家庭菜園は結果が出やすいと言いつつ、プロの杉井さんでも失敗することもあるんだとか。
「人間付き合いと同じだから、周波数が合わないとルールに従っているつもりでも育たなかったりするんです。そういうときは、この子とは相性がよくないんだと割り切って、最初から実がついている苗を買うのがおすすめです」
マニュアルはあるけどゴールと正解はない。だから、自分がやっていて楽しい、心地よいと思えればそれでいい。そんな力の抜けたスタンスが杉井さんの家庭菜園を楽しむコツです。
「みんながんばろうとするんだけど、がんばらなくていいんですよ。だって、実がたくさんなれば正解ってことでもないじゃない? 例えばパプリカばかりできすぎても、消費しきれなくて困るし。だから家庭菜園はプロセスさえ楽しめたらOK。逆に、楽しめないならいっそやめちゃって、誰かに譲って、実ったら分けてもらえばいいと思う」
続けなくてもいいやと楽に構えて楽しむこと、これが逆説的に家庭菜園が続く考え方のようです。
おいしくて、いい香り! ハーブ菜園のすすめ
それでは、これから家庭菜園をやってみようと思う人は何から始めたらいいのでしょうか。
「その人にとって何が正解なのか、どの植物が合うのかはそれぞれなので、誰かにおすすめされた植物より、自分が気になったものをまず育ててみるのがいい」と杉井さん。
その際に植物の原産地をチェックすると、自分の家の環境と相性が良いかどうかがわかるのだそう。カラッと暑い地中海原産の植物だから、夏に直射日光が当たるベランダでも大丈夫、というふうに気候が家の環境と似ているかどうかで判断をしてみてください。
今回の取材のために杉井さんが用意してくれたのは、さまざまな使い方ができて、初心者でも育てやすいハーブ数種類と、色のアクセントになるエキナセア、レモン、観賞用トウガラシ。ハーブは比較的短い時間で収穫できるので、せっかちさんにもおすすめなんだとか。
好みのハーブの苗を買ったら、鉢に草花用の培養土を入れて植え替え。持ち運びしやすい軽い土がホームセンターなどの店頭には出ているそうですが、水はけがあまりよくないので、赤玉土などを混ぜて水はけをよくするのがポイントだそうです。
日々のお世話をする際は「家庭菜園のマニュアル」に沿うための勉強が必要?と思いきや、「自分がやられたら嫌だと思うことをやらなかったらいいだけです」と杉井さん。「喉が乾いていないのに、やたらと水を飲ませられたら嫌ですよね? 植物も同じで、ちゃんと観察をして、土が乾いていたり、葉が下がっていたら水をあげればいいんです」
収穫したハーブはお茶にしたり、料理に使ったり、スプレーボトルと一緒に水に入れて消臭剤にしたりと幅広い使い方ができます。
杉井さんおすすめの食べ方はローズマリー、オレガノ、イタリアンパセリのハーブソルトとハーブバター。水気をふいた葉を細かく刻み、塩に漬け込むとハーブソルト、バターと混ぜるとハーブバターになります。「ハーブソルトは肉や魚料理の香りづけにおすすめ。ハーブバターはトーストに乗せて食べるだけでもおいしいですよ」
漂ってくるハーブの香りに癒やされながら、最後に、家庭菜園の時間をもっと楽しくするアイデアを教えてもらいました。
「ワイン屋さんで安く譲ってもらえる木箱は、鉢植えをそのまま入れてもさまになるし、重ねて台として使うこともできるのでおすすめ。ジョウロや園芸用ハサミは好きなデザインのものを選んで使うと楽しいですよね」
植物と良い関係を築くために、心の余裕をもつ
家庭菜園は人付き合いと同じだと杉井さんは繰り返します。一方的に癒やされようというつもりで育てるのではなく、「相手の声を聞くことができる、心の余裕が大事」だと。「植物相手に『何をしてほしい?』って耳を傾けられるのって、自分の気持ちにも余裕があるってことですよね。人が相手でもそうですけど、植物でも相手が何を必要としているのかわかるようになると、良い関係が築けるんです」
家庭菜園で癒さやれようとするのではなく、植物との関係を自分の心のバロメーターにする。がんばりすぎず、自分の好きな野菜や果物からトライして、もし植物の声を聞く余裕がなくなってきたら、まずは自分を癒やすことを考える。杉井さんからは、そんな新しい家庭菜園の楽しみ方を教えてもらいました。
Profile
杉井志織
園芸研究家「成り行きでこの仕事を始めて、ノープランでここまできました」とご本人は言いますが、2020東京オリンピックを盛り上げるための湾岸エリアの庭管理などビッグプロジェクトを任される人気の園芸家。建築の学校を卒業後、フラワースクールに通い園芸の道へ。現在は花壇ボランティアの運営指導や庭の管理、イベントのスタイリングなど、植物で街や空間を魅力的に見せるさまざまな活動を行っている。
取材・文/赤木百(Roaster) 撮影/菅原景子
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