「”映画ソムリエ”という肩書きは、私がつけました。私は、映画との出合いで生きるのがすごくラクになった。だから、そうした映画をひとりひとりに合わせて選んであげられる人になりたかったんです」
目を輝かせてそう語るのは、映画ソムリエの東 紗友美さん。幼い頃から人生のさまざまな場面で映画に救われてきたことが多く、これまで自分がもらってきた幸せを他の誰かにもシェアしたいという想いから、約8年前に広告業界から映画ソムリエに転身。
「人それぞれ、その人が今人生のどの場面にいるのかによって、この1本!という映画は必ずあります」という東さんに、映画を観ることの魅力を伝授していただきました。また、「映画を観る」という体験そのものにこそ価値があると語る東さんに、改めて映画館に足を運んで鑑賞することの魅力を教えてもらっています。
- 「映画を観る」という体験自体を楽しみたい
- 映画が自分の”喜怒哀楽”を紐解くヒントになる
- 幼い頃からいつも映画が寄り添ってくれた
- 迷ったときに背中を押してくれる映画のあの言葉
「映画を観る」という体験自体を楽しみたい
今回の取材が行われたのは下北沢にあるミニシアター。コロナ禍で映画館へ足を運ぶのが以前よりは難しくなった昨今ですが、映画館にはやはり、そこに居るだけでワクワクするような特別感があります。
家で観る映画も楽しいですが、大きなスクリーンで鑑賞することで「映画を観る」という体験がより濃く記憶に残る、と東さん。「見知らぬ人たちと大きなスクリーンを共有するという特別な雰囲気も手伝って、観た映画が強く記憶されるんです。一緒にいた人、そのときの季節、鑑賞後に感じたこと……そういったことも含めて、全てを大切な思い出にしてくれます」。特にミニシアターはそれぞれの劇場に個性があり、マイナーだけれど自分好みの作品と出会える場所。「映画を観ること」自体の価値を改めて感じさせてくれるはずです。
さらに「心に何も残らない映画はないです」と東さんは語ります。「ストーリーの全てを理解できなかったり、あまり感動できなかったりしても、何かしらもち帰るものがあるはず。それは登場人物のファッションでも、背景の街並みでも。映画を観た後で、どんなことが心に残ったのかを意識してみると、気づかなかった自分の興味を知ることができたりと、新しい発見があるんです」
映画が自分の“喜怒哀楽”を紐解くヒントになる
「映画を観終えたら、心に残ったことをメモするのがマイルールです。好きなシーンだったり、登場人物のセリフだったり。どんな映画でも何かしら感じるものはあるから、文字にして残すようにしています」。そこには、職業を超えた理由があるといいます。「映画って、最初から最後まで自分主体で観られるもの。その疑似体験から引き出される喜怒哀楽の感情は、無意識に自分自身の本音をアウトプットしているんじゃないかなと思うんです」
おこもり需要も手伝って、とりわけ“涙活”がフィーチャーされがちな昨今。けれど、喜怒哀楽の「哀」だけでなく、映画を観ながら湧き起こる「喜・怒・楽」の感情にも目を向けると、自分でも気づかなかった本音に気づくこともあるのだとか。「実は、ネガティブに捉えられがちな“怒”の感情こそ、紐解いてみるとそのときの自分の本当の気持ちが隠されている場合もあるんです」
東さんがオススメしたいのは、たまにでいいから自分の感情を知るための映画を決めて、しっかりと付き合ってみること。「自分が好きだと思う映画なら、何を選んでもいいです。観返すと、心を動かされるシーンが変わっていることがある。それが、自分の内面の変化に気づくヒントになります」
幼い頃からいつも映画が寄り添ってくれた
東さんは、父母ともに映画好きの家庭で生まれ育ったといいます。「母のおなかにいたときの胎教も、両親からのはじめての誕生日プレゼントも映画。物心がつく前からずっと映画と一緒でした」。6歳のとき、東さんの人生に大きな影響を与える映画と出合います。それは、登場人物のほとんどを猫の姿で描いた、杉井ギサブロー監督のアニメ『銀河鉄道の夜』。東さんのバースデイプレゼントにもらったもので、別れのシーンに心打たれたといいます。「主人公のジョバンニが友人カンパネルラと別れた後、悲しみに暮れるシーンを見て、自分自身の体験と重なったんです。仕事に行く両親を見送ったとき、寂しさは直後でなく後からやってくるものでした。ああ、本当に行っちゃったんだなって。そうした細やかな感情の推移が、作品の中で忠実に表現されていました」
深い感動は、まだ幼かった東さんの好奇心に火をつけ、大人になってからも好きなことを仕事にする原動力となったそう。「私の人生は常に映画とともにあって、映画がいつも、そのときの私の気持ちに寄り添ってくれました。喜怒哀楽を感じられる作品や鼓舞してくれる作品など、数多くの映画と出合い続けられる今がとても幸せです」
迷ったときに背中を押してくれる映画のあの言葉
晴れやかな笑顔で語る東さんも、落ち込んだり迷ったりすることがあるそう。そんなときに思い起こされるのが、映画『いまを生きる』の中で、ロビン・ウィリアムズ演じる教師が、詩人ロバート・フロストの「行かなかった道」の詩を朗読するシーン。詩は、整備された歩きやすい道と草深い道のどちらを選ぶかを問う内容。「この映画と出合ってからというもの、どちらかで迷うことがあったときには、ワクワクする方に行くと決めています。不安があっても、自分のファーストインスピレーションを信じて」
東さんの生き方に影響を与えているのは、映画のセリフだけにとどまりません。憧れの生き方をしている登場人物を思い浮かべて、その人だったらどういった決断をするかをイメージし、力を借りることも。「例えば、『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』のショーンなら、迷ったときにすかさず『やれよ』って背中を押してくれるだろうな、とか。これはもう本当にありがたくて、映画の登場人物と親友になって会話をしているような感じです」と東さん。「決断に迷いが生じたときには、自分の好きな登場人物を思い浮かべてみてください。その人ならきっとこうするだろうなと想像してみると自ずと道が見えてくるかもしれません」
映画とともに生きることで、人生観そのものが変わったという東さん。「自分がこの先、年齢を重ねていくことが楽しみ。経験が増えるにつれて、映画に共感できる部分も増えていくのがうれしいんです」と、やわらかな表情で語ってくれました。今週末は、人生に彩りを添えてくれるような映画を探しに、映画館へと出かけてみませんか? きっと、あなたの心に響く何かに出合えるはずです。
Profile
東 紗友美
映画ソムリエ大学卒業後、広告代理店で企画営業として5年間勤務。2013年には、携わった映画広告で、交通広告グランプリを受賞。退職後は、ひとりひとりに寄り添った映画を提案したいという想いから、幼少期からの夢だった映画の仕事に転身。現在は、TV、雑誌、ラジオなど各種メディアで活躍中。プライベートでは、一児の母としても奮闘中。
(オフィシャルブログ)https://ameblo.jp/higashi-sayumi/
ワンピース ¥28,600(税込)/プラスオトハ
取材・文/白﨑寛子 構成/大倉詩穂(Roaster) 撮影/藤井由依(Roaster)
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