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【一生モノ】書家・紫舟さんが10年使ったもの(前編)
What is this feature?
長く使い続ける「一生モノ」にはスペック以上の理由があります。モノ選びのプロ12名が、過去と未来の10年を見据えて厳選した計72の価値あるアイテムを紹介。ずっと愛着がわく一生モノ選びのヒントを提案します。
凛とした空気が流れる書家・紫舟さんのアトリエ。洗練されていながらも、どこか深く呼吸したくなるような空間には、彼女の審美眼によって選び抜かれた調度品が美しくしつらえられています。
「かつての私は、無意識のうちに『人からどう見られるか』という基準でモノを選んでいた時期がありました。でも、それは自分の軸ではなくて……都会で生活する中で、自分が本当に心地いいと思える感受性が削られていくような違和感を、ずっと抱えていたんです」
なんでもすぐに手に入る都会の生活を手放し、自分を取り戻すために彼女が選んだのは、地方に拠点を構えること。そうした暮らしを経て見出した、職人の手から生み出された温もりと力強さを宿した道具たち。それらに囲まれて暮らす豊かさについて、お話を伺いました。
書家・芸術家
紫舟(ししゅう)さん
6歳から書を始め、奈良・京都で研鑽を積む。2024年、東大寺にて得度。伝統文化を新しい切り口で再構築した「三次元の書」や「書画」は、唯一無二の現代アートとして世界で評価される。2014年、ルーヴル美術館地下でのフランス国民美術協会展にて、日本人初の「金賞」「最高位金賞」をダブル受賞。翌年には主賓招待アーティストに選出。NHK大河ドラマ「龍馬伝」の題字なども手掛ける。
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目次
便利さを手放し、自分の心が喜ぶ「本物」と生きる
紫舟さんの物選びの軸は、都会の目まぐるしい便利さから一歩離れ、暮らしの環境を変えていく中でより鮮明になっていきました。以前は人からどう見られるかで選択していたこともありましたが、今の彼女が惹かれるのは、自分の心が本当に喜ぶもの。
「心地よくないものは身の回りに置かないようにしたいんです。職人さんが丁寧に作ったものや、修理しながら長く使い続けられるもの、そうした『本物』と向き合う時間は、都会の忙しさの中で鈍りかけていた感性を、再び強く、しなやかに磨き直してくれました」
そんな彼女が10年以上大切にしてきた道具たち。それらは単なる生活用品を超え、ある時は自分を律する存在となり、ある時は日々の暮らしに心地よいゆとりをもたらす、人生のパートナーのような存在です。
書家・紫舟さんが10年使ったもの①:竹工房オンセの竹バッグ(エピソードを読む)
書家・紫舟さんが10年使ったもの②:ダイワ産業株式会社の風呂桶と椅子(エピソードを読む)
書家・紫舟さんが10年使ったもの③:仲谷省三氏の筆(エピソードを読む)
竹細工の技巧が光る、長年かけて育ててきた竹バッグ
世間ではハイブランドのバッグが人気を博す一方、紫舟さんがふと目に留めたのは、日本が誇る竹工芸の美しさが凝縮されたバッグでした。
「メディアで紹介されているのを見かけて、その佇まいに一瞬で目を奪われました。日本の工芸のすばらしいところは、修理ができること。竹が割れても、縫い目が傷んでも、職人の元へ送ればまた元通りに直してもらえる。一生どころか、何世代にもわたって使い続けられるんです」
ふだんから、ちょっとしたお出かけなどにも持って行くそう
漆で仕上げられたこの竹バッグ。驚くべきは、10年という歳月がもたらした表情の変化。当初は初々しかった竹の色は、今や深く艶やかな飴色へと育ち、しっとりとした質感を帯びるように。日常の風景に溶け込ませてきたその佇まいは、まさに「育てる喜び」を体現している逸品です。
書家・紫舟さんが10年使ったもの①竹工房オンセの竹バッグ
大分県別府市の伝統工芸である「別府竹細工」の技術をベースに、職人の手で一つひとつ丁寧に編み上げられた竹バッグ。伝統的な技法を守りながらも、現代の洋服や日常のコーディネートにも自然に馴染むモダンなデザインが特徴。使い込むほどに深みのある飴色へと変化していく、育てる楽しみも味わえる逸品
毎日のバスタイムを贅沢に変える、風呂桶と椅子
多忙を極める紫舟さんにとって、1日2回の入浴時間は、心身をフラットに戻すための大切な時間。そんな彼女のバスタイムに、10年以上寄り添い続けているのが、奈良・吉野の木で作られた風呂桶と椅子です。
このアイテムとの出会いは、かつて仕事で看板の文字を手がけた温浴施設からの贈り物でした。その使い心地に惚れ込み、製造元が奈良県高取町の「ダイワ産業」だとわかってからはアトリエやご自宅に揃え、全幅の信頼を寄せて使い続けているそう。
長年使ってもガタがこない、しっかりとした作り
「風呂桶と椅子は100円ショップで買うものでも、機能的には事足りるかもしれません。かたや、職人が一つひとつ木を組み、手仕事で完成させた道具を使う暮らしの豊かさは、何物にも代えがたいものです」
桶にお湯を汲むたびに感じる木のぬくもりが、強張った心身を優しく解きほぐすスイッチになっています。
書家・紫舟さんが10年使ったもの②ダイワ産業株式会社の風呂桶と椅子
奈良県吉野の豊かな自然が育んだ国産材を使用。木の特性を熟知した職人が、耐水性と耐久性を追求して組み立てている。手肌に馴染む温もりと清々しい木の香りが、日々のバスタイムを豊かな暮らしの風景へと変えてくれる
自分と向き合い、上達へと導いてくれる筆
書家として数多の筆を手にしてきた紫舟さんですが、10年以上にわたって、作品制作を支えているのは奈良筆作家・仲谷省三氏の手による筆です。
出会いは代官山での展示会。通常、筆は試し書きをすることができないものですが、仲谷氏は「水につけて書いてみていいよ」と、彼女に微笑んだそう。
「この人が作る道具なら、間違いなく信用できる」
その直感は、10年経ち、揺るぎない確信へと変わりました。
愛用しているのは、山羊(ヤマヒツジ。書道界ではヤギと呼びます)の毛を長く用いた特注筆。
奈良県・吉野の伝統工芸品に縁があると語る紫舟さん
「毛が長くて腰がないので、少しでも気を抜くと線が乱れてしまう。でも、その難しさがあるからこそ練習し続けられるし、私を上達させてくれるんです」
たった一本の筆で、数ミリの極細線から豪快な太線までを描き分ける。信頼する職人と共に、彼女の表現は今も進化を続けています。
書家・紫舟さんが10年使ったもの③仲谷省三氏の筆
奈良県吉野山の工房で、伝統的な製法にこだわって作られている。原毛の選定から仕上げまで、一本一本、作家の感性に寄り添うように手作業で作られる。プロの表現を支える、極上の道具
日本文化への敬意が原点に
「日本のアイデンティティである伝統文化。私はそのすばらしい文化の力を借りて表現活動をしているからこそ、自分の手で、作り手である職人さんたちを買い支えていく責任があると思うんです」
紫舟さんが10年以上愛用している道具たちは、単に長持ちするだけでなく、使うたびに「心地よさ」や「小さな喜び」を運んできてくれるものばかりです。
アトリエに飾られた紫舟さんの作品
値段が高いから良い、あるいは安くて便利だからという理由で選ぶだけではない。10年後の自分がその道具と一緒に、どんな風に成長していたいか。彼女の語る「一生モノ」との向き合い方は、私たちが明日から新しくモノを選ぶときの、静かで力強いヒントとなるはずです。
撮影/藤井由依 編集・文/藤田華子
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