FEATURE
【一生モノ】料理家・谷尻直子さんが10年使ったもの(前編)
光と影が静かに交差する澄んだ空間。料理家・谷尻直子さんのご自宅を訪ねると、そこには静寂の中に確かな意志を感じさせるモノたちが並びます。一つひとつの品が、彼女の凛とした佇まいを形作るピースとして、最適な場所を見出してそこにある。そんな心地よい緊張感と安らぎが同居する空間でお話を伺いました。
料理家
谷尻直子さん
料理家、レストラン「HITOTEMA」主宰。現代の「お母さんの味」を提案し、食の背景にある文化や心身の整え方を発信。著書に『HITOTEMAのひとてま』など。自身の感性を軸にした、妥協のないモノ選びと、陰影を慈しむ暮らしぶりが注目を集めている。
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目次
他人軸を手放し、自分だけの物差しで選ぶ喜び
「20代、30代の頃は、どこか他人の目を意識してモノを選んでいた時期もありました。みんなが良いと言うものを持っていれば安心できるような気がして。でも40代、50代と年を重ねる中で、ようやく自分だけの物差しで『これがいい』と思うものを選べるようになった気がします」
そう語る谷尻さんの生活空間には、過剰な装飾を排した、静的な美しさが漂います。
彼女の確かな審美眼によって選び抜かれたのは、レザーや木、シルバーといったタフで上質な素材のものばかり。壊れたら直す、汚れたら洗うなど、手をかけることでいっそう愛着が湧き、長く寄り添える名品です。
料理家・谷尻直子さんが10年使ったもの①:鉄瓶(エピソードを読む)
料理家・谷尻直子さんが10年使ったもの②:Helmut Lang(ヘルムート ラング)のレザージャケット(エピソードを読む)
料理家・谷尻直子さんが10年使ったもの③:Rolexの腕時計(used)(エピソードを読む)
鉄瓶から始まる、毎朝の風景
光が差し込むキッチン。谷尻さんは慣れた手つきで鉄瓶を火にかけます。立ち上がる白い湯気は、一日の始まりを告げる大切な合図。
鉄瓶は10年、30年と使っても、今なお手に取るたびに心が喜ぶアイテム
「鉄瓶は、気づけばもう30年も一緒にいるものも。当時は『一生モノ』なんて言葉の重みもよくわからないまま、ただ直感に導かれて手にしたんです。そこに置いてあるだけで凛としていて格好よく、手に取るたびに心が満たされていく。そうやって使うほどに喜びが深まる感覚こそが、この先もずっと一緒にいたいと思わせてくれる理由かもしれません」
鉄瓶で沸かしたお湯は、白湯として飲むだけでなく、お茶の時間にも欠かせません。屋上で育てたハーブをふんだんに使ってハーブティーを淹れるのも谷尻さんの大切な日課。
「息子とお茶を飲む時、『これ何のお茶だ?』とクイズを出すことがよくあります。色や味をヒントに当ててもらう、ちょっとした食育のような時間。そんなやり取りも、この鉄瓶が作るお湯とセットになっていますね」
鉄瓶で沸かしたお湯を使ってお茶を淹れることは、モーニングルーティンになっている
谷尻さんにとって、モノを「選ぶ」ことと「育てる」ことは、切り離せない一つの営み。
「鉄瓶の良いところは、まず壊れないこと。私がこの世を去るときにも、きっとここに残っているはずです。そういった静かな強さに、とても惹かれます」
料理家・谷尻直子さんが10年使ったもの①鉄瓶
右の大きな鉄瓶は、こだわりの生活道具を制作している「東屋」のもので30年選手。計3点を用途や気分で使い分けている
メンテナンスを施し、身体になじんだ20年来の相棒
次にご紹介するのは、クローゼットから取り出されたHelmut Langのレザージャケット。グレーのスエードジャケットと、黒のライダースの2枚は、どちらも20年近く、彼女のスタイルに寄り添ってきました。
クタッと身体になじむ、柔らかな風合いに育ったジャケット
「レザーやデニムといった素材は、ケアさえしていれば劣化しにくい。むしろ、着る人の動きや体温、その時の体型までをも記憶してくれます。手にしたばかりの頃は、まだどこかよそよそしさを感じたレザーが、年月を経て、まるで私を包むようにしなやかにフィットしています。これを羽織ると、ふっと自分の中心が定まり、守られているような感覚があるんです」
たとえ流行が移り変わっても、その荒波に飲み込まれることなく、クローゼットに佇み続けることでしょう。
袖口のリブは手芸店で素材を購入し、お直し屋さんでメンテナンスを施した
「リブの部分は布製なので、傷んでしまったら自分で新しい布を買ってお直し屋さんに持っていきます。修理したものって、新品を買った時の喜びにも勝る喜びがあるんですよ。一度手放すことが頭をよぎったモノと『出会い直せた』という感覚。そうやって手をかけて直すことは、人間関係を続けていくこととも似ている気がして、縁起が良いなと感じるんです」
料理家・谷尻直子さんが10年使ったもの②Helmut Langのレザージャケット
20年近く愛用しているHelmut Langのグレーのスエードのジャケットと黒のライダース。ケアを続ければ劣化せず、着る人の体温や動きを記憶して身体へなじむ
記念日に贈られた2つの時計
谷尻さんは、趣の異なる2種のロレックスをお持ちです。一つは結婚する際、指輪を交換する代わりに夫と贈り合ったヴィンテージのもの。どっしりとした存在感を放つクラシカルな品です。もう一つは結婚して数年経った頃、夫から贈られた「サブマリーナー」。こちらはダイバーズウォッチとしてロレックスが作った、アクティブシーンにぴったりな時計です。
バングルと重ね付けすることも
「時計は、単に時間を計るための道具ではないと思うんです。自分がどう生きていきたいかという、静かな意志の象徴のようで、愛おしさもあります」
その日の装いや気分に合わせて表情を変えるのも、彼女ならではの楽しみ方。
付け替えできるベルトは、ビビッドな色味もアースカラーも揃う。シーンに合わせて選ぶ
「『サブマリーナー』は、季節やファッションに合わせてベルトを変えるのも楽しみなんです。最近はお洋服が黒と白のコーディネートばかりなので、ベルトを差し色として活用することもありますね」
料理家・谷尻直子さんが10年使ったもの③ロレックスの腕時計(used)
どちらも夫から贈られたロレックスの腕時計。丁寧にメンテナンスを施し、ゆくゆくは息子へと受け継いでいきたい大切なパートナー
モノの余白を育て、慈しむ
谷尻さんは、愛用の品々を見つめながらこう語りました。
「私が惹かれるのは、完成されたモノではなく、どこかに『育つ余白』があるモノです。10年経って完成するのではなく、10年経ってようやく本当の対話が始まる。私にとっての『一生モノ』とは、時間の経過を味方につけられるモノのこと。これからも、これらの相棒たちと、ゆっくりと健やかに年を重ねていきたいですね」
光が入り、風が吹き抜ける気持ちのいい部屋で、愛用品に囲まれて暮らす
モノとの誠実な向き合い方は、自分自身を慈しむことそのもの。手入れを繰り返し、確かな信頼で結ばれた相棒たちと共に、彼女はこれからも自分らしい豊かな物語を綴り続けていくことでしょう。
撮影/藤井由依 編集・文/藤田華子
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