前編では、谷尻直子さんの歩んだ時間と共に育ってきた愛用品をご紹介しました。後編では、彼女が「これから先の10年、20年も一緒に歩んでいきたい」と思う、未来のパートナーたちについてお話を伺います。

REVIEWER

谷尻直子

料理家

谷尻直子さん

料理家、レストラン「HITOTEMA」主宰。現代の「お母さんの味」を提案し、食の背景にある文化や心身の整え方を発信。著書に『HITOTEMAのひとてま』など。自身の感性を軸にした、妥協のないモノ選びと、陰影を慈しむ暮らしぶりが注目を集めている。

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目次

「出会い直す」喜びを知り、磨かれた審美眼

多くのモノに触れ、モノと対話を重ねてきた歳月の中で谷尻さんの審美眼は磨かれてきました。

「お買い物は早いほうですね。感覚で決めていくことが多くて、直感を信じているんだと思います」

「出会い直す」喜びを知り、磨かれた審美眼

レザーや木、メタルといった、ケアをすれば風合いが増す素材を愛し、修理を通じてモノと「出会い直す」喜びを知っているからこそ、手に取った瞬間にそれが自分になじむかどうか、本質を見極められる境地に――。かつてよりもさらに研ぎ澄まされた感覚で選ばれた「未来の定番」たちには、これからの人生をより深く、健やかに育んでいきたいという期待が込められていました。

料理家・谷尻直子さんが10年後も使いたいもの①:イチョウの木のまな板(エピソードを読む

料理家・谷尻直子さんが10年後も使いたいもの②:メンズブランドのジュエリー

料理家・谷尻直子さんが10年後も使いたいもの②:メンズブランドのジュエリー(エピソードを読む

料理家・谷尻直子さんが10年後も使いたいもの③:台湾茶を淹れる茶器(エピソードを読む

未来を見据えてあつらえた「まな板」

料理家としてのこだわりと、日々の暮らしを大切にする生活者としての目線。谷尻さんにとって調理道具は、その2つの視点が重なる特別なアイテムです。そんな彼女が最近、新調したものが「まな板」です。

イチョウの木で作られた、こだわりの詰まったまな板

「実は、これまで10年以上使い続けてきた先代のまな板たちがあったのですが、5、6回と削り直すうちに、ずいぶん薄くなってしまって。そこで、これからの10年、20年を見据えて、お付き合いのある工務店さんにオーダーして新しく作っていただいたんです」

新調するにあたって、谷尻さんが選んだ素材はイチョウでした。

「スギやヒノキという選択肢もありましたが、最終的にイチョウに決めたのは、防虫効果がありながら、香りが強すぎず食材の邪魔をしないこと、そして包丁の刃当たりが驚くほど優しいからです。食材を切るときのトントンという『音』が本当に心地よくて。数値で見えるスペック以上に、こうした情緒的な価値が、実は一番重要だと感じています」

谷尻さんの台所に新しく加わった、日々の相棒

谷尻さんの台所に新しく加わった、日々の相棒

あえて重みのある厚いつくりにしたのにも、彼女らしい理由があります。

「薄い方が軽くて扱いやすいのですが、あえて厚みを持たせたのは、10回以上削り直してもやせ細りすぎず、長く付き合いたいから。まな板の削り直しは、石川県にある杉本木工房さんにお願いしています。丁寧に仕上げてくださるので、定期的にお手入れをお願いしていて。また新品のような清々しさで使い直せるんです。そうやって手をかけながら共に歩みたいと思えるかどうか。それが、私がモノを選ぶ際の大切な基準です」

また、厚いつくりにしたことで、横に置いたバットへ切った食材をスムーズに移せるようになり、調理中の小さなストレスも解消。こだわりの詰まったまな板は、これからも彼女の料理人生を彩ってくれる相棒になることでしょう。

料理家・谷尻直子さんが10年後も使いたいもの①イチョウの木のまな板

イチョウの木を使用したオーダーメイド。10回以上削り直すことを見越した厚みが、彼女のモノに対する誠実さを物語る。手前の2枚は以前から使用しているもので、鍋敷のように活用することも

イチョウの木を使用したオーダーメイド。10回以上削り直すことを見越した厚みが、彼女のモノに対する誠実さを物語る。手前の2枚は以前から使用しているもので、鍋敷のように活用することも

メンズアイテムに宿る、静かな強さ

これからの彼女のパーソナリティを象徴するように挙げられたのは、メンズブランドであるChrome HeartsのピアスやGoro'sのアイテム。

「昔から、メンズのアイテムが放つ、時代に流されない普遍的な空気感が好きなんです。職人の手仕事によって生み出される銀の造形は、どこか彫刻的で、時を経ても色褪せない力強さがありますよね。シルバーという素材はおもしろいです。使い込むほどに酸化し、黒ずんでいく。その『陰影』も美しさがあり、持ち主の生き様を映し出す鏡みたいだと思うんです」

左右のピアスを変え、アシンメトリーにスタイリングすることも

左右のピアスを変え、アシンメトリーにスタイリングすることも

メンズのアイテムを身に纏うことは、彼女にとって一種の「守り」でもあるそう。

「良い仕立ての服や強いアクセサリーを身に着けると、自分が一枚守られているような、そのままの自分でいていいと肯定されるような感覚があるんです。繊細なものよりも、少し無骨で、土着的なエネルギーを感じさせるもの。そんなジュエリーが今の私の気分になじむのは、自分自身の内側にある軸が、少しずつ太くなってきたからかもしれません」

ジュエリーブランド・ARTIDA OUDの華奢なネックレスとの組み合わせがお気に入り

ジュエリーブランド・ARTIDA OUDの華奢なネックレスとの組み合わせがお気に入り

レディースの華奢なチャームと合わせるコーディネートも。しなやかに柔軟に、自分自身に似合う取り入れ方を実践している姿にセンスが光ります。

料理家・谷尻直子さんが10年後も使いたいもの②メンズブランドのジュエリー

Goro'sのコンチョ(飾りボタン)をヘアゴムにしたものや、Chrome Heartsのピアスなど。シルバーの経年変化を楽しみながら、自分を一枚のベールで守ってくれるようなアイテムとして愛用

台湾茶が教えてくれる、静寂という贅沢

料理家として「食」と向き合う中で、今、彼女が改めて惹かれているのがお茶の時間。台湾茶を淹れるための茶器や茶道具は、日常の中に「空白」を作るための装置だと言います。

お湯の温度を調整しながら丁寧にお茶を淹れる

「一つひとつの道具に役割があり、丁寧にお茶を淹れる。その所作に集中することで、忙しない日常の中に、ふっと静かな時間が生まれます。お茶の香りが立ち上る瞬間、心が解けていく。そんな時間を、これからの人生でもっと大切にしていきたいです」

谷尻さんの手元にある“白磁”の器たち。安藤雅信さんや、世界的に知られる陶芸家・黒田泰蔵さんのお弟子さんである内田智裕さんといった作家たちによるものです。

薄づくりで、緊張感と優しさを併せ持つ内田智裕さんの作品

内田智裕さんの作品は、まず下の器の部分を購入して、後から蓋を新たにオーダーして作っていただいたんです。そうやって自分なりの形に整えていくプロセスを経ると、道具への愛着がいっそう深まります」

大切に使っていても、時には器が欠けてしまうことも。そんな時、谷尻さんは自ら金継ぎを施し、道具との関係を繋ぎ直します。

「ヤスリをかけている時間は、どこか瞑想に近いですね。壊れたモノを直していくって、すごく豊かな時間ですよね」

これから金継ぎを施す予定の器も、大切に保管

これから金継ぎを施す予定の器も、大切に保管

料理家・谷尻直子さんが10年後も使いたいもの③台湾茶を淹れる茶器

内田智裕氏や、安藤雅信氏などによる作品。台湾茶のワークショップも行う彼女が、香りと味を最大限に引き出すために選び抜いた

手放す潔さと、循環の中に身を置く心地よさ

谷尻さんは、モノの手放し時を見極める潔さも持ち合わせます。

「白いカットソーなどの消耗品はどうしてもヘタっていくので、新調するタイミングを決め無理に使い続けません。一方で、ケアで風合いが増すレザーや木、シルバーとは一生をかけて深く付き合っていく。そのメリハリを大切にしています」

チャーミングでしなやかながら、凛とした芯も併せ持つ谷尻さん

チャーミングでしなやかながら、凛とした芯も併せ持つ谷尻さん

役目を終えたモノの送り先も明確。子ども服は支援が必要な世界各地へ、本は専門のリユース先へ。愛用品も、十分に使ったと思ったら、感謝と共に喜ぶ人のもとへ清々しく送り出されます。

「本当に必要なものを厳選し、濃密な時間を過ごしたい。モノとの付き合いは自分自身との付き合いそのものだと思うんです」

最後の手放し方にまで責任を持つ誠実な姿勢が、彼女の暮らしに凛とした心地よさをもたらす秘訣の一つなのでしょう。

撮影/藤井由依 編集・文/藤田華子